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大阪高等裁判所 平成7年(行コ)28号 判決

控訴人 川本新史 ほか二名

被控訴人 西宮税務署長

代理人 一谷好文 桑名義信 ほか二名

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一申立て

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人が控訴人川本新史に対し、平成三年一月一四日付でした昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額一七〇万九六五三円及び納付すべき税額マイナス五万三九〇〇円を超える部分並に過少申告加算税の賦課決定を取消す。

(三)  被控訴人が、控訴人川本啓正に対し、平成三年一月一四日付でした昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額一六五万五〇六四円及び納付すべき税額マイナス四万五四〇〇円を超える部分並に過少申告加算税の賦課決定を取消す。

(四)  被控訴人が、控訴人川本憲正に対し、平成三年一月一四日付でした昭和六三年分所得税の決定及び無申告加算税の賦課決定を取消す。

(五)  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

争いのない事実及び争点を含む事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由欄「第二 事案の概要」(原判決二枚目表一〇行目から五枚目表九行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  文中「原告」とあるを「控訴人」と、「被告」とあるを「被控訴人」とそれぞれ訂正する。

2  文中「別紙物件目録」及び「別表」の前にそれぞれ「原判決添付」と付加する。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

当裁判所が、証拠によって認定する事実及び判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由欄「第三 争点に対する判断」(原判決五枚目表末行から一八枚目裏三行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  文中「原告」とあるを「控訴人」と、「被告」とあるを「被控訴人」とそれぞれ訂正する。

2  七枚目表末行の次に改行して次のとおり付加する。

「これに対し、控訴人らは、右解釈は、公開された法人に対して妥当するものであって、本件現物出資には妥当しない。すなわち、控訴人らが有限会社川本に対して、本件土地を現物出資して同社の出資持分を取得することとしたのは、法人形成を借用して各種手続を簡便化することと、融資を受ける利便性等を考慮してのことであって、同社は法人としての実態はなく、結局、本件現物出資は、控訴人らの本件土地共有持分が有限会社川本の出資持分に変換したにすぎず、その実態に何ら変化はなく、譲渡利益は実現していないから、法三六条二項は適用されないものである、と主張する。

しかし、右目的をもって現物出資をし、会社を設立した以上、それが非公開の有限会社であるとしても、同社は法人格をもって適法に成立したのであるから、その実態に変化が生じたことは明白であり、かつ成立以来経済的活動を継続しているのであるから、同社の法人格を否認することはできない。また、法三六条の規定は、閉鎖的かつ非公開という特質を持つ会社であることをもって適用が除外されているわけではない。したがって、控訴人らの右主張は、失当である。」

3  一五枚目表六行目「効果は、」の次に「本件土地の有効利用のため、これと隣接する二筆の土地を共同敷地として、各共有者が共同して一棟の賃貸ビルを建設するにあたり、建築資金の融資及びビル管理の便宜のために訴外会社を設立し、」を付加し、同行から同七行目にかけて「訴外会社の設立に当って」とあるを「その設立に当って」と訂正する。

4  一五枚目裏二行目末尾に次のとおり付加する。

「控訴人らは、仮に、税負担のないことが動機の錯誤であったとしても、その動機は、明らかに表示されているのであって、本件現物出資の重要な要素になっているから、本件現物出資は錯誤により無効であると主張し、最一小判平元・九・一四(昭六三(オ)三八五号)を引用するので、検討する。

控訴人らの右税負担がないと錯誤したというのは、計算方法上の錯誤に過ぎない。すなわち、本件出資持分の評価をするに当たり、本件土地の価額は時価により算定されるのか、譲り受け価額ないし路線価格を基準に算定されるのかの見解の相違に基づくものであり、この点に錯誤があるとしても、実務はいずれの見解によって算定しているかは容易に知り得た事柄である。

さらに、有限会社法によれば、現物出資により会社を設立する場合、現物出資をする内容を定款に記載することを要し(記載がない場合は無効)、資本充実の見地から現物出資の目的たる財産全部の給付をなさしめた後に、はじめて会社設立の登記をなすことができ、ここに会社は法人格をもって成立するとされている。そうすると、定款に記載されていない事項をもって現物出資の意思表示の内容とすることはできない筋合であるし、そもそも会社設立後は現物出資の意思表示が錯誤により無効である旨の主張はできないと解するのが相当である(商法一九一条参照)。本件の場合、定款(〈証拠略〉)によると、控訴人ら共有の本件土地建物を現物出資する旨記載されているが、税負担のないことが重要な動機であることの記載はないし、訴外会社は右現物出資をもって現に有効に成立しているのである。したがって、いずれにしても右錯誤無効の主張は理由がないというべきである(前記判例は事案を異にする。)。

次に、控訴人らは、本件現物出資の際に予定していなかった納税義務が生じることが判明したので、本件現物出資を合意解除した旨主張するが、予想外の課税負担を理由としてその原因となった私法上の法律行為を解除するなどして無効に帰した場合、租税法律関係の場において右無効の主張を無制限に許すべきか否かの見地から検討する必要がある。」

5  一五枚目裏三行目「ところで」とあるを「すなわち」と訂正する。

6  一六枚目裏三行目「決議し」から五行目末尾までを「決議したとして、同年一一月一三日嘆願書)(〈証拠略〉)を提出し、その後これに添うかのような措置を形式上採ってはいるが、すなわち、訴外会社は、控訴人らに本件現物出資を返還し、それに代えて、控訴人らに対し合計三三〇〇万円の貸金債権を取得し、かつ、本件土地の賃料債務を負担する形式を採っているが、これは会社資本が不動産から債権債務に変更になったことを意味し、会社資本充実の見地から問題があり、本件現物出資の撤回には疑問があるというべきである。」と訂正する。

7  一七枚目表一行目「り得ても、」の次に「税法上の更正手続をとることなく当然に、」を、同二行目末尾に「ちなみに、本件においては、控訴人らは、法定申告期限から一年以内に更正の請求をしていないし、また、後発事由の発生から二月以内に更正の請求をしていない。」を付加する。

8  一七枚目表二行目と三行目の間に次のとおり付加する。

「ところで、国税通則法二三条二項三号にいう「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前二号に類する政令で定めるやむを得ない理由」につき国税通則法施行令六条一項二号は「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむをえない事情によって解除され、又は取消されたこと」と規定している。右に定める解除権の行使でない合意解除は「当該契約成立後生じたやむを得ない事情」によるものであるときに限って更正請求の理由とすることができるとするものであり、右やむを得ない事情とは法定の解除事由がある場合、事情の変更により契約内容に拘束力を認めるのが不当な場合、その他これに類する客観的な理由のある場合をいうものと解すべきである。

本件においては、有限会社設立時の現物出資にあたり、その評価を取得価額(客観的な時価でなく)をもってすれば、課税されないものと誤解して実行したところ、後に現物出資時の時価による評価に基づき課税されることが判明したため、控訴人らには担税能力もないことから、本件現物出資を錯誤無効であるとして合意解除した、というものである。しかし、控訴人らのこれら合意解除事由は、前項3判示に照らし、右「やむを得ない事由」に該当しないというべきである。」

9  一七枚目表三行目「原告」とあるを「控訴人ら」と、一七枚目裏七行目「六一四九万一八七五円」とあるを「六一四九万一八七四円」と、同九行目「一億六六三五万六一二五円」とあるを「一億六六三五万六一二六円」とそれぞれ訂正する。

第五結論

以上のとおりであるから、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく棄却すべきものであるところ、これと結論を同じくする原判決は相当であって、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がない。よって、本件各控訴をいずれも棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴九五条、八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田耕三 小田八重子 徳永幸藏)

【参考】第一審(神戸地裁 平成五年(行ウ)第一四号 平成七年四月二四日判決)

主文

一 原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一 被告が、原告川本新史に対し、平成三年一月一四日付けでした昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額一七〇万九六五三円及び納付すべき税額マイナス五万三九〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

二 被告が、原告川本啓正に対し、平成三年一月一四日付けでした昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額一六五万五〇六四円及び納付すべき税額マイナス四万五四〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

三 被告が、原告川本憲正に対し、平成三年一月一四日付けでした昭和六三年分所得税の決定及び無申告加算税の賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一 本件は、原告らが、原告らの昭和六三年分の所得税の確定申告及び無申告に対して被告がした更正及び決定並びに過少申告加算税及び無申告加算税の賦課決定に対して、右更正のうち原告らの確定申告に係る所得金額を超える部分及び右決定はいずれも原告らの所得を過大に認定したものであるから違法であり、また、右更正及び決定を前提としてなされた右賦課決定も違法であるとして、右更正及び決定並びに右賦課決定の取消しを求めた事案である。

二 争いのない事実

1 原告らは兄弟であり、原告らの父は訴外川本新一郎(以下「新一郎」という。)、原告らの祖父は訴外川本新之助(以下「新之助」という。)である。

2 原告らは、昭和六二年一〇月三一日、新之助から、同人が所有していた別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を総額一億八四七〇万一二三四円(うち、土地の価額一億七三八〇万二一四二円、建物の価額一〇八九万九〇九二円)で買い受けて取得し(以下「本件売買」という。)これを持分三分の一ずつで共有していた。

原告らは、右売買に当たり、本件土地建物を担保として訴外株式会社三和銀行瓦町支店(以下「三和銀行」という。)からそれぞれ五〇〇〇万円を借り入れて、右買い受け資金に充当した。

3 原告らは、昭和六三年一〇月二七日、訴外有限会社川本(代表取締役川本新史、資本の総額三九〇〇万円、出資一口の金額一万円、社員は原告ら三名のみ。以下「訴外会社」という。)を設立したが、その設立に当たり、原告らはそれぞれ二〇〇万円ずつを現金出資して同社の出資持分をそれぞれ二〇〇口取得し、これ以外の出資については、本件土地建物の価額を一億八三〇〇万円と評価した上、三和銀行から原告らが借り受けた右2の合計一億五〇〇〇万円の債務を同社に債務引受(以下「本件債務引受」という。)させるとともに、右債務の額と前記評価額との差額三三〇〇万円をもって本件土地建物による現物出資(以下「本件現物出資」という。)を行い、同社の出資持分をそれぞれ一一〇〇口取得した。

右現物出資に伴う原告らから訴外会社への本件土地建物の所有権移転登記は平成元年一月一八日付けで行われた。

4 原告らは、昭和六三年分所得税の確定申告に際し、本件土地建物を取得価額とほぼ同額で現物出資したので本件現物出資に基因して生じる所得税法三三条一項及び租税特別措置法三二条一項に規定する短期譲渡所得(以下「本件譲渡所得」という。)はないものと判断し、その上で、原告川本新史(以下「原告新史」という。)及び原告川本啓正(以下「原告啓正」という。)は、これ以外の所得(不動産所得、配当所得及び給与所得)について、昭和六三年分の所得税の確定申告書に別表1、2の「確定申告」の欄のとおりの各金額を記載し、平成元年三月一四日に提出した。また、原告川本憲正(以下「原告憲正」という。)は、これ以外の所得がなかったので、昭和六三年分の所得税の確定申告をしなかった。

5 平成二年一〇月下旬ころ、原告らは、西宮税務署(以下「税務署」という。)資産税担当官から本件現物出資に関し照会されて右現物出資に対し譲渡所得税の申告漏れがある旨を指摘された。

6 被告は、平成三年一月一四日付けで、原告新史に対し別表1の「更正及び過少申告加算税の賦課決定」欄記載の各金額をもって昭和六三年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定を、原告啓正に対し別表2の「更正及び過少申告加算税の賦課決定」欄記載の各金額をもって昭和六三年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定を、原告憲正に対し別表3の「決定及び無申告加算税の賦課決定」欄記載の各金額をもって昭和六三年分所得税の決定及び無申告加算税の賦課決定をそれぞれ行った。

7 原告らは、平成三年三月一二日付けで、被告に対して右6の各処分を不服としてそれぞれ異議申立てをしたが、被告は、同年九月九日付で右各申立てをいずれも棄却した。

原告らは、なお不服があるとして、平成三年一〇月一日付けで、国税不服審判所長に対してそれぞれ審査請求を行ったが、同所長は、平成五年三月三日付けで、右各請求をいずれも棄却する裁決を行い、同月一〇日ころ、右裁決書が原告らに送達された。

三 争点

1 本件現物出資によって原告らに譲渡益が発生したか。

2 本件現物出資が要素の錯誤により無効か。

3 原告らが本件現物出資を撤回(合意解除)して本件現物出資相当額の金銭出資を行ったことによって本件現物出資に基因する譲渡所得は生じなかったものとみるべきか。

4 被告が原告らに対し平成三年一月一四日付けでした原告らの昭和六三年分所得税に対する更正及び決定(以下「本件更正及び決定」という。)が適法か。

第三争点に対する判断

一 争点1について

1 原告らは、昭和六二年一〇月三一日に原告らが本件土地建物を取得した際の取得価額は一億八四七〇万一二三四円であり、昭和六三年一〇月二七日に訴外会社の設立に当たって本件土地建物を現物出資した際の評価額は一億八三〇〇万円であって、本件現物出資による譲渡益は発生していないと主張しているので、判断する。

2 本件のように不動産を現物出資という形式で法人に譲渡する場合も、譲渡人が右不動産を所有しているうちに生じた値上りによる増加益の所得を実現して譲渡所得を得たことになるから、所得税法(以下「法」という。)三三条にいう譲渡所得の発生を来すべき資産の譲渡に該当するものと解すべきところ、当該資産譲渡による所得が金銭以外の物又は権利その他の経済的な利益による収入によって形成されるときは、その所得である収入金額の算定は法三六条二項によれば、「当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額」をいうものとされているから、本件の場合、原告らが取得した訴外会社の出資持分の時価及び本件債務引受により原告らが受けた経済的利益の価額によってこれを算定するものと解すべきである。

原告らは、右の収入金額を原告らが本件土地建物を取得した際の価額若しくは本件土地の路線価によって算定すべきであると主張している。

しかしながら、譲渡所得の課税原理は、保有資産の値上り益に対する課税を当該資産の譲渡の際にしようとするものであり、その資産の価値ないし値上り益は、その際に得られた対価によって顕現したものと見ることができるから、それに基づき算定せざるを得ない。そして、その対価が金銭でなされたときは、金銭はその一つの機能として他の財貨の価値の尺度たる機能を有するところから、その対価が幾ばくの価値を有するか、すなわち当該資産譲渡によりそれが幾ばくの価値に具現したかは、その金銭の数額によって一義的に定まるのである。それゆえ、当該資産の有する通常の取引価額を無視して当事者が所得税法の定める制限内で自由にその譲渡価額を右取引価額より低廉に定めたところで、対価を金銭で収受する限り譲渡人はまさに当該資産譲渡により金銭で表示されたその約定価額の価値のみしか取得することができないのであるから、当該資産を保有していた値上り益も結局その限度でのみ享受したに過ぎないわけである。したがって、右の場合、法三六条一項に規定のとおり、当事者の約定価額を基準として課税すれば、譲渡所得課税の目的からすれば十分である。ところが、その対価が金銭以外の物又は権利であるときは、いかに当事者間でその物又は権利につきそれらの有する客観的価値を離れて取引価額を約定したところで、それは、その物又は権利の有する客観的価値に影響を与えないということができる。

換言すれば、譲渡人が対価として得た金銭以外の物又は権利は、譲渡人においてその客観的価値を更に価値尺度である金銭に改めて替え得る可能性を常に含むものであるから、譲渡により得られた金銭以外の物は権利の客観的価値相当の価値に変換し、譲渡人はその価値をまさに享受したとみることができる。したがって、前記譲渡所得課税の目的からすれば、その対価が金銭以外の物又は権利である場合、それが金銭の場合と同一視することは許されず、前者の場合、当然その物又は権利の客観的価値、すなわち時価によるべきであるということでき、法三六条二項は右の趣旨を規定したものと解するのが相当である。

3 そこで、原告らが取得した出資持分の客観的価値を算定することとする。

(一) 所得税法には出資一口当たりの時価の評価方法について何ら規定を設けていないが、訴外会社は閉鎖的かつ非公開という特質を持つ有限会社であり、社員が原告ら三名のみで原告らが訴外会社を支配する地位にあることからすると、出資持分は会社資産の持分としての性格に重きが置かれてくる傾向が極めて強いものというべきであるから、このような有限会社の出資一口当たりの客観的価値は、いわゆる純資産価額法によって評価することが合理的であると解される。

(二) そこで、純資産価額法によれば、会社の保有する資産の額(時価による評価換後の額)から負債の額を控除した純資産の額を出資総口数で除して出資一口当たりの価額を算定しようとするものであるところ、原告らが訴外会社を設立したのは昭和六三年一〇月二七日であるから、本件出資持分の評価は、訴外会社の右同日現在における純資産価額法によって算定することになる。

(三) すると、訴外会社の保有する資産の額を算定するために、まず、本件土地の価値を時価で算定しなければならないことになる。

原告らは、本件土地建物の譲渡について、前所有者新之助の譲渡所得の算定の際、右譲渡価額は昭和六二年分の路線価に依拠してその申告が承認されていたことから、出資持分の客観的価値を考えるに際しても、本件土地に関しては時価ではなくて路線価を基準にして評価すべき旨を主張している。

しかし、右主張が採用できないことは右2で説示のとおりであるのみならず、そもそも路線価とは、路線価方式で求められた土地の評価額で、相続税や贈与税あるいは固定資産税の課税計算に必要とされるものである。路線価方式とは、市街地的な形態を形成する地域にある宅地に適用される評価方法で、毎年七月一日現在で宅地の前面路線の一平方メートル当たりの価格を売買実例価額、精通者意見価格等を基として所定の評価基準によって評価する方式である。この場合、個々の宅地は、その形状や立地条件により補正が加えられて評価額が算定されるが、路線価の価格水準は実勢価格の六割前後といわれていることに鑑みると、会社資産の持分としての性格の強い有限会社の出資持分の客観的価値を土地の路線価を基準にして評価することは相当ではないと解される。

(四) そこで、本件土地の本件現物出資当時の時価がいくらかを検討する。

そもそも、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいう。

都道府県知事は、自然的及び社会的条件からみて類似の利用価値を有すると認められる地域において、土地の利用状況、環境等が通常と認められる画地を選定し、その選定された画地について、毎年一回、一人以上の不動産鑑定士又は不動産鑑定士補の鑑定評価を求め、その結果を審査し、必要な調整を行って、総理府令で定める一定の基準日(七月一日)における当該画地の単位面積当たりの標準価格を判定している。そして、右の標準価格が規準地価格であって、右価格は、土地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格とされている(国土利用計画法施行令九条一、二項)。

〈証拠略〉によると、本件土地の極めて近隣の基準地(以下「本件基準地」という。)は大阪市中央区瓦町二丁目三三番の土地で、同土地の昭和六三年七月一日現在の基準地価格は一平方メートル当たり七三〇万円であることが認められる。そして、右価格を基準にして本件土地の一平方メートル当たりの価値を算定するには、右基準地価格を本件土地と本件基準地の価値の差に応じて地域補正をする必要が生じるが、その地域補正のためには、本件土地の面する路線の昭和六三年分の路線価を右基準地の面する路線の路線価で除した商を右基準地価格に乗じるのが相当と解されるところ、〈証拠略〉によれば、前者は二一四万円、後者は二七四万円であることが認められ、右地域補正後の本件土地の一平方メートル当たりの価値は五七〇万一四五九円となる。そして、右価格に本件土地の面積分を乗じると、本件土地の価値は七億六三八八万一四七六円であることが認められる。そうすると、原告らが昭和六二年一〇月三一日に本件土地建物を取得した際の取得価額は一億八四七〇万一二三四円であることに鑑みると、本件現物出資によって原告らに譲渡益が発生したことは明らかである。

この点、原告らは、本件土地建物の譲渡について、前所有者新之助の譲渡所得の算定の際の譲渡価額の申告が税務当局から承認されたことから、個人同士で売買として認められた価額を時価と解すべき、とも主張している。

しかし、右主張が採用できないことも右2で述べたとおりである。

二 争点2について

1 原告らは、同人らに担税力が全くないため、税負担のないことが本件現物出資による出資引受をなすに当たっての重要な要素となっていたから、本件各処分により巨額の課税負担が生じるのであれば、本件現物出資による出資引受は要素の錯誤により無効であり、仮に、税負担がないという条件が現物出資をなすための動機であったとしても、その動機は表示されていて法律行為の要素となっていたことは明らかであるから、本件現物出資はいずれにせよ錯誤により無効であって、結局、原告らに課税負担は生じないと主張しているので、判断する。

2 〈証拠略〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 昭和四五年ころ、税理士である大平漸(以下「大平」という。)は、その当時勤務していた訴外井上守晴事務所(以下「訴外井上事務所」という。)の顧問先の関係で新一郎と知り合い、そのころから新之助が代表者であった訴外川本繃帯材料株式会社の税務顧問を担当するようになった。

そして、訴外井上守晴が死亡した後の平成三年四月一日以降、大平は、同事務所を引き継ぎ、大平漸税理士事務所と改名して運営している。

(二) 大平は、昭和六二年ころ、本件土地建物の管理について事実上実権を持っていた新一郎から、右土地建物を新之助から原告らに売却したいが、それが、祖父から孫に対する売却として租税回避行為に該当するか否かについての意見を求められたので、右行為に該当しない旨を返答した。

(三) 大平は、新之助の昭和六二年分の所得税の確定申告書を作成したが、本件売買の価格については売買契約書を見て一億八四七〇万一二三四円と申告した。大平は、その際、右価格につき、新一郎から昭和六二年度の路線価価格の一〇パーセント増しの価格で売買したという概略を聞いたが、それ以上の細かい計算については何も尋ねなかった。その後、右申告は承認された。

(四) 大平は、昭和六三年八月下旬ころ、新一郎から次のような内容の相談を受けた。

(1) 新一郎は、本件土地の隣接地の所有者である訴外国産株式会社から、土地の利用効率を考えて、本件土地とその隣接地二筆(一筆は右株式会社が所有し、他の一筆は新之助が所有している。)を共同敷地にして一棟の共同賃貸ビル(以下「新ビル」という。)を建築してはどうかとの提案を受けている。

(2) 新一郎としては、〈1〉新ビルを建築することになると、原告らに資力はないので建築資金を借り入れる必要が生じるが、その資金の借入れに際しては法人名義の方が有利であること(金融の手段の便利さ)、〈2〉建築された新ビルをその敷地の面積比率による分配を受ける場合に、原告ら三名の共有よりも一法人にした方が計算し易いこと、〈3〉建築された新ビルを賃貸するに際しても原告ら三名の共有よりも一法人にした方が賃貸人が訴外国産株式会社ら三名の名義になって、手続を単純化するという意味でも便利であること(テナントビルの貸主としての便利さ)、に鑑みると、原告らの共有に係る本件土地を現物出資して法人にしたいと考えているが可能か、特に、もし右現物出資によって課税されるのであれば原告らに担税力はないので現物出資はしないが、右現物出資によって課税されるか、についての意見を求めるものであった。

(五) 大平は、右相談を受けた日から二、三週間後に、新一郎に対して、原告らが昭和六二年に新之助から本件土地を買い受けた価格で本件土地建物を評価して現物出資すれば課税されないのではないかと回答した。

右回答をするに当たって、大平は、当時、一般に地価が著しく高騰していることを知りながら、本件土地の取引価格及び基準地価を調査せず、本件現物出資による課税の有無について税務署に相談することなく、また、本件土地の時価について鑑定させることも考えなかった。

(六) 右回答後、大平は、新一郎から本件土地建物の現物出資によって有限会社を設立する手続を遂行してほしい旨を依頼されたので、原告らを代理して訴外会社の設立手続を行い、同社の設立後も、同社の税務問題を担当することになった。

なお、原告らが訴外会社を有限会社にしたのは、設立手続が簡単であるという理由からだけであった。

(七) 本件建物は平成元年八月三一日に取り壊され、同年一二月一三日、滅失登記がなされた。

(八) 平成二年一月末ころ、税務署から原告らに対して「譲渡内容についてのお尋ね兼計算書」(〈証拠略〉)が送付されたので、大平は、原告らについて「昭和六三年分の所得発生なし」と右書類に記入して税務署に提出した。

(九) 平成二年一〇月ころ、税務署の資産税部門の寺岡上席調査官が、大平に対して、本件現物出資によって譲渡所得が発生しているので申告してほしい旨電話で伝えた。大平は、検討させてほしい旨を答えて複数の知人に相談した後、新一郎に対して、このままでは譲渡所得が発生するので本件現物出資を撤回して出資前の状態に戻すよりほかに方法がないからそうしたいと思うと進言したところ、新一郎は、これを了承した。

(一〇) 原告らは、平成二年一〇月三一日、訴外会社の社員総会を開催し、本件現物出資は錯誤により無効であるとして、本件現物出資を金銭出資に切り換え変更すること(但し、現物出資した建物はすでに取り壊されて滅失登記も完了しているが、この部分についても金銭出資するものとすること。)を決議した。そして、本件土地は、右当時、同社で建築中の新ビルの敷地として使用されていたので、原告らは本件土地を同社に賃貸すること(以下「本件土地賃貸借」という。)にした。

なお、本件現物出資から変更された金銭出資合計三三〇〇万円については、訴外会社から原告ら各人に対して一一〇〇万円ずつ貸し付けて、右貸付金を分割して本件土地賃貸借に伴う毎月の地代の支払いと相殺する形式にした。また、同社設立に当たって同社が引き受けた原告らの三和銀行に対する合計一億五〇〇〇万円の債務は本件現物出資の無効に伴って原告らに復帰するものであるが、原告らは、右債務全額をもって同社の本件土地賃貸借の保証金の全額として差し入れる形式にした。なお、原告らは、本件口頭弁論終結時である平成七年二月一三日に至るも訴外会社に対して現金を一切出捐していない。

(一一) 大平は、「……要素の錯誤により、現物出資を撤回して、土地の名義を、現物出資前の三名共有に戻す登記を、平成二年中に実行しますので、現物出資がなかったことに、お取り扱い戴きますよう、お願いいたします。」と記載された原告ら名義の嘆願書(〈証拠略〉)を作成して、平成二年一一月一三日、税務署に持参した。

(一二) 大平は、税務署からの来署依頼を受けて、新一郎と共に平成二年一二月二五日ころ同署に出頭した。その際、大平らは、税務署の寺岡上席調査官と牛島統括官から、「本件土地は昭和六三年一〇月以降訴外会社の所有物件として使用されているので、本件現物出資の取消はできないから、修正申告をしてほしい。そうでなければ、まもなく、本件土地について更正及び決定をする。」旨を告げられた。

(一三) 大平は、平成二年中に本件土地の所有権移転登記抹消登記手続をするべく訴外小林君夫司法書士に依頼していたが、本件土地の抵当権者である訴外日本開発銀行の承諾が容易に下りず、結局、平成三年四月八日に右登記の抹消登記手続を了した。

(一四) 平成元年一〇月ころ、本件土地上に新ビルの建築が着工され、平成三年二月ころ、右ビルは完成した。

3 右認定事実によると、本件現物出資の目的ないし効果は、訴外会社の設立に当たって本件土地建物の所有権を同社に移転すること、原告らが同社の出資持分を各一一〇〇口取得すること及び同社が原告らの三和銀行に対する合計一億五〇〇〇万円の債務を引き受ける義務を負担することにあり、本件現物出資によって原告らに税負担がないということは、同人らが右現物出資をなすに当たっての動機に過ぎないと解するのが相当である。そして、本件全証拠によっても、原告らに右に述べた本件現物出資の目的ないし効果について錯誤があったことは認められない。

ところで、納税義務者は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、右法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、右法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した結果、この課税負担の錯誤は動機の錯誤であるとして、又はこの錯誤のため合意解除したとして、右法律行為が無効であることを、租税行政庁に対し、法定申告期間を経過した時点で主張することはできないものと解するのが相当である。なんとなれば、我が国は、申告納税方式を採用し、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課している結果、安易に右のような課税負担の錯誤を認め、その法律行為が無効であるとして納税義務を免れさせたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながるからである。

本件においては、右認定のとおり、原告らは、法定申告期限が経過した後に納税調査が開始された結果、本件現物出資の際に予定していなかった納税義務が生じることが判明したとして、本件現物出資の錯誤による無効又はこの錯誤のための合意解除による無効を主張しているが、この主張は、右に説示した理由により、採用することができない。

三 争点3について

1 原告らは、原告らが本件現物出資を撤回(合意解除)して本件現物出資相当額の金銭出資を行ったことによって、本件現物出資に基因する譲渡所得は生じなかったものとみるべきであると主張しているので、判断する。

2 右二2で認定した事実によると、原告らは、平成二年一〇月三一日、訴外会社の社員総会を開催し、本件現物出資は錯誤によって無効であるとして、本件現物出資を金銭出資に切り換えることを決議し、これに添うかのような措置を形式上採ってはいるけれども、真実に原告らが本件現物出資を撤回(合意解除)したことは極めて疑わしいというべきである。

また、仮に原告らがその主張のように本件現物出資を撤回(合意解除)していたとしても、そもそも、所得税の納税義務は、暦年の終了の時に成立するものである(国税通則法一五条二項一号)ことからすると、申告や更正決定により課税標準等又は税額等が確定した後に、その計算の基礎となる取引行為に合意解除による変更があったとしても、当該合意解除が新たな取引行為として右合意解除のあった課税年分の所得の計算の基礎とされることはあり得ても、さかのぼって既に確定した課税標準等が是正されるものではないと解するのが相当である。

したがって、いずれにせよ、原告の右主張を採用することはできない。

四 争点4について

1 本件現物出資当時の本件建物の価額が一〇六七万三四八一円であったこと、訴外会社の設立に際し原告らが合計六〇〇万円を現金出資したこと及び訴外会社が原告らの借入金合計一億五〇〇〇万円の債務を引き受けたことは、当事者間に争いがなく、右一3=で認定した本件土地の時価七億六三八八万一四七六円に本件建物の右価額及び右現金出資分を加え右借入金を減じた金額を出資総口数三九〇〇口で除すると、出資一口当たりの純資産価額は一六万一六八〇円となる。

そして、右出資一口当たりの純資産価額を基に本件譲渡所得に係る原告らそれぞれの収入金額を算定すると、右一口当たりの純資産価額に本件現金出資により原告らそれぞれが訴外会社から得た出資持分一一〇〇口を乗じた額である一億七七八四万八〇〇〇円に右債務引受による経済的利益の価額五〇〇〇万円を加えた額である二億二七八四万八〇〇〇円となる。

2 そして、譲渡所得に係る収入金額が右のとおりであるとすれば、原告らそれぞれの取得費が六一四九万一八七五円であること及び譲渡費用がないことについて原告らは明らかに争っていないから、これを前記収入金額から控除した一億六六三五万六一二五円が本件譲渡所得金額となる。

また、原告らの本件譲渡所得以外の所得額については、当事者間に争いがない。

3 ところで、被告が本件更正及び決定をするに際して本件土地の一平方メートル当たりの価額を算定するに当たり、右一3=に述べた基準地価格を使用してこれに地域補正を施す際に、本件土地の面する路線の昭和六三年分の路線価を右基準地の面する路線の同年分の路線価で除した商を右基準地価格に乗じた後、更に右両土地の地積の大小による利用価値格差として〇・九を乗じた上、本件譲渡所得金額を一億四四八一万一五二六円と算定したことは、被告の自認するところであるが、前記認定のように正規の計算によればこれを上回る譲渡所得を認定することができるのであるから、本件更正及び決定における原告らそれぞれの譲渡所得の認定はその範囲内にあり、適法であるというべきである。

4 したがって、被告の平成三年一月一四日付けでした原告らの昭和六三年分所得税に対する更正及び決定は適法であり、同日付けでなされた被告の原告らに対する同年分の所得税申告についての過少申告加算税賦課決定及び無申告加算税賦課決定も適法と解するのが相当である。

第四結論

以上のとおりであって、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻忠雄 渡邉安一 溝口稚佳子)

別紙〈略〉

別表〈略〉

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